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日本での墨絵
そのブルガリア人に会ったのは、自宅近くのビアホールの店先だった。彼は国際的な賞を受賞し、奨学金を得て、東京芸術大学で学ぶために日本に着いたばかりだった。ブルガリアから来た彼は不安に駆られていた。彼は、野心的にも、墨絵を研究することになっていたのだ。
和紙に黒い墨で描く絵画は、ここ1000年以来、もっとも高度な様式である。それは従来の絵画とは違うが、高度で古典的な芸術なのだ。墨絵は文学や禅と密接にかかわっており、日本の美の心の核心に迫っている。
彼は日本人が筆の達人だということを知っていた。学校に通いだしたばかりの小さな子供でさえ、日本語を成り立たせている文字を筆で書くことを学んでいる。
ブルガリアからの部外者である彼は、この日本でもっとも競争の激しい芸大で、競うことはおろか追いつくことができるのだろうか?
時々私は、芸大で墨絵を研究している学生は何人くらいいると思うか、と日本の友人に尋ねることがある。25人?50人?100人?彼らは芸大がそうした研究をしている唯一の学校だと知っているので、その人数を少なく見積もったのだろうか?
私は、たった一人だけだと答える。そう聞いて彼らは驚くが、まさかその一人がブルガリアからの留学生だとは知る由もない。
悲しむべきことだが、日本ではもうほとんどの人が墨絵のことなど気にかけていないのである。若い人たちや芸術家グループは、油彩とか、より現代的なものに熱中している。もし大学が日本人に日本画を教えさせたいと思えば、テンペラ画と戦うことになる。テンペラ画は、戦前、国家主義を主張するために西洋美術に代わるものとして流行りだしたが、結局は油彩そっくりになってしまっていた。
私のブルガリアの友人も、あきらめてしまった。墨絵を学ぼうとした一年が過ぎ、彼もまた日本画に転向した。奨学金が尽きたとき、彼はブルガリアに戻って版画を制作することになった。
驚いたことに、私の個展に来る日本の若い人々のほとんどが「墨絵の展示を初めて見ました」と言うのだ。
先月、東京で行った講義の終わりに、ある女性が質問に立ち上がった。道具と技法を説明するために、私は大きな墨絵を描くことで講義を締めくくった。その女性は私が絵を描いているところを見つめていた。彼女は、私の絵が彼女には非常に西洋的に見えるが、アメリカ人も同様な反応を示すのだろうかと尋ねた。
日本に来る前の15年間、私は西洋の材料とテクニックを研究してきた。私は伝統的な審美眼を持っている人に、私の絵になにか別のものを見て取ってほしいと思っていた。しかし、彼女の質問に答えるのは難しかった。
ここ日本には、墨絵の歴史がある。日本人は、初等教育の一部として学校で墨と筆に触れる。墨絵についてよく知っている人はわずかだとしても、たいていの人は、堅苦しい状況で墨絵を見るときには、口を閉じておくのが賢明だと思っている。
しかしアメリカ人は、話すことを恐れたりはしないし、みんながみんな主題についての自分の無知さ加減にうろたえるわけでもない。
私はニューヨークで初の個展を終えて帰ってきた日本の友人の言葉を思い出した−「アメリカでは、墨絵の見方を知っている人より、超ひも理論を支えている数学を理解している人の方が多いっていうことがわかったよ」
油絵の具が発明される1000年ほど前から、この絵画様式は存在してきた。それは10億の中国の、そして何億もの日本と韓国の絵画の歴史を支配してきた。
私たちの西欧中心主義的な世界では、ほとんどのアメリカ人は、この様式に触れていない。彼らには中国の土産物屋へ行く以外に参照するものはない。ほとんどの人は、日本や中国の画家の名前をひとりも挙げることができないか、知りもしない。
私がちょうど今完成した墨絵に対する、アメリカ人の一般的な反応はどうかと聞かれて、私は「それは、言うのがとても難しい」と答えた。
つぎの質問はこうだった。「どうして墨絵が好きなんですか?」
これは最初の質問より簡単だ。「墨絵は新しいし、生きているので、好きなんです」と私は答えた。
聴衆の大部分は混乱して首を傾げた。日本人にとって墨絵は、おじいちゃんの家の掛け軸とか、小学校の展示室に引き戻されることになるので、無味乾燥なものにもなりうる。
アメリカ人にはその新しさがわかる。西欧中心主義的な教育の利点は、墨絵を新鮮なものにしておいた点にある。それは探検し発見すべき、まったく新しい素材と技法の世界であった。
明かされる視覚の概念はテクニックを越えたところにあった−それは遠近法と空間とバランスの新しい言語なのだ。そこにはあらゆる新しい図像学が含まれている。
墨絵に関するすべては新鮮だった。そして、どんな新しい発見も他のものにつながった。その最も刺激的なものの一つは、墨絵が心地よいものだということだった。私は墨絵が自分の手に合っているということに気づいた。墨絵は、過去にそうであったように、私たちの今の世界をすばらしく表現できる、深くて繊細で柔軟な方法だと思う。
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